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ブラームス 交響曲第2番ニ長調Op.73

ブラームスは、ベートーヴェンほどに烈しい性格でもなく、モーツアルトほどにずば抜けた天才ではありませんでしたが、一つの音たりともおろそかにしないナイーヴな努力家でした。一つの楽想を丹念に磨き上げ、尊敬してやまないバッハとベートーヴェンの築いた古典派の流儀をベースに、ある程度の月日をかけて綿密に推敲を重ねて曲を作り上げるのが常でした。その最たるものが、あの交響曲第1番です。完成が1876年。時に43歳。ブラームスが最初にシンフォニーを書こうと思い立ってから20年以上。スコアが最終的に固まるまでに、推敲に推敲を重ねて15年はかけています。あまりに堂々としていて、隙がまったくないといっていいほどないので、人によっては息苦しく感じるほどです。しかしまあ、ベートーヴェンも罪作りな人です。シンフォニーというジャンルでその当時芸術的にできることをほとんどやりつくしてしまったのですから・・。ブラームスにとって、まるでエベレストのように聳え立つこの巨人を乗り越えるのは至難の業のように思われました。しかし、彼はやってのけました。あの不滅の第九の後継たる「第十交響曲」と命名しても不遜と思えない出来栄えでした。そして、ほっとしたのか、本日採り上げる交響曲第2番を続けざまにたった3,4ヶ月で一気呵成に書き上げたのです。

交響曲第2番は、1877年の夏に初めて訪れた休暇先のベルチャッハで作曲されました。ブラームスはここがいたく気に入りました。彼はある手紙で「ここでは旋律がこんなにたくさん生まれてくるので、ぼくは散歩のとき、それを踏みつぶさないように気をつけないといけない」と書いています。あの伸びやかで、流れ出るような開放感あふれる明るさは、一つにはこのアルプス山脈を望むベルチャッハのヴァルダー湖畔の美しい自然から来ているのは間違いありません。しかも、あの悲壮で深刻で、重々しい交響曲第1番とはまことに対照的に軽やかで、豊麗で、ブラームスには珍しく?美しい旋律に溢れているのです。

交響曲第1番と第2番。このまるで性格が正反対の2曲のセット。どこかでみたような・・。そうです、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と交響曲第6番「田園」ですね。(ブラームス第2番もその性格や短期間の作曲経緯からブラームスの「田園」といわれていますね)

ベートーヴェンは「もっとも優れた人間はその悩みによって喜びを手に入れるのだ」という箴言を残しています。悩みと喜びは表裏一体ということですが、この意味に少し立ち入ってみたいと思います。

少し唐突ですが、この、性格の真反対な「運命」「田園」2曲組みを呼吸のリズムに喩えてみます。呼吸は「呼」だけでも「吸」だけでも成り立ちませんね。セットで1つです。人生最初の「吸」はいわば神/創造主からもたらされる命(神から運ばれる命=運命)にあたります。この「運命」とやらが、いたずら坊主でして、まったくあてにならない。晴れの日もあれば、暴風雨の日もある。好きな人もいれば、大嫌いなやつもいる。素直な自分(天使)もあれば、よこしまな自分(悪魔)もある(ベートーヴェン流にいえば、耳は聴こえなくなるわ、階級制度に阻まれて縁談は不成立になるわ、ナポレオンは俗物だわ・・)。ですから、「運命」は人生にとって苦悩以外の何ものでもない。そこで賢明な人(ベートーヴェンのいう「もっとも優れた人」)はこの苦悩を克服しようと立ち上がります。すなわち、いたずらに「運命」=「吸」に翻弄されるのではなく、ため息一つ出ないように「呼」に自律的に取り組み、細く長く強く息を吐ききって(もうこれ以上 吐くと死んでしまうくらい徹底的に・・)いわばいったん死に切る。すると、今までさんざん弄ばれた「苦悩の我」が消失して新しい新鮮な「吸」が自然と死の底から他力的に復活する(それこそ、二日酔いとかいやなやつの顔とか些細な悩みなぞ吹っ飛びますね)。これが「運命」の「苦悩→克服」のめでたしのストーリー。あとはそれを十二分に楽しむだけ(復活した新鮮な「吸」をとことん楽しむ)。これが「田園」の曇りの無い、パストラールを楽しむ晴れやかなストーリー。これで、呼吸のリズム全体が完結する、と捉えたら如何でしょうか。ベートーヴェンが「運命」「田園」を同時に作曲したこと、および、ブラームスが交響曲第1番,第2番を踵を接するように作曲したことがいわば必然であり、自然(呼吸)のリズムに呼応しているといえないでしょうか。それぞれの2曲組みは呼吸同様決して切り離せないのです。

ですから、交響曲第2番の底抜けの明るさは、単なるベルチャッハの風光明媚な表層的な明るさではなく、交響曲第1番で先人ベートーヴェンを苦悩の末超克した後のブラームスの諦観的な(いわば悟った)深みのある真の明るさであることを見落としてはならないでしょう。

なお、交響曲第2番は、1877年の12月にハンス・リヒター指揮でウイーン・フィルにより初演され、クララ・シューマンが完成前の草稿をみて「交響曲第1番にも増して聴衆に受けるだろう」と断言したとおり、空前の大成功を収めたのでした。

獅子鷹

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