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メンデルスゾーン 交響曲第3番「スコットランド」 イ短調 Op.56

  メンデルスゾーンは、あの「結婚行進曲」や「メンコン」と称されるヴァイオリン協奏曲のように甘酸っぱくもロマンチックなメロディで知られたロマン派音楽の神童です。一年遅れてこの世に生まれ、同時期にロマン派音楽を体現したシューマンはメンデルスゾーンを「新たに現れたモーツアルト」と絶賛し、この友人を生涯あたたかい眼差しで見守りました。

ユダヤ人の裕福で教養ある家庭で生まれたメンデルスゾーンは、子供の頃から一流の家庭教師の下であらゆる教養を身につけましたが(ユダヤ人は差別で公立学校へ行けないという事情があったことに留意)、とりわけ音楽の才能は並外れており、7歳にしてピアノやヴァイオリンは大家のように弾きこなすわ、11歳にして年間50曲以上の作曲をこなすわで、12歳のとき出会ったあの老ゲーテ(かつてベートーヴェンを気難しい男と評した)をして「友人」と言わしめたほどでした。厳格な父は、経済的にも安定した自分の跡目(銀行業)を継がせるつもりでしたが、パリ音楽院長のケルビーニの評価(この子が音楽家にならなければ、世界の損失)を受けて、最終的に音楽家にすることにしました。さあ、メンデルスゾーンの将来は決まりました(彼は、父のいうことは何でも素直に聞き入れたのです)。

メンデルスゾーンが20歳になったとき、父のすすめで、見聞を広めるためにスコットランドを訪れます。彼は、その風景やバグパイプ、民族衣装に魅せられました。首都エディンバラのホリールード宮殿に来たときのことです。「・・礼拝堂は今や屋根がなく、草や蔦が生い茂っていた。そこの壊れた祭壇の前でメアリはスコットランド女王として即位したのでした。あたりすべては壊れ、朽ちている。そうして明るい空が覗き込んでいる。私は今日ここで私の『スコットランド交響曲』の出だしを思いついたのです」これがこの交響曲着想のきっかけでした。

メンデルスゾーンは、モーツアルト同様、速筆でしたが、スコットランド交響曲は例外で、完成は10年以上を経た1842年になります。なぜこんなに時間がかかったのでしょうか。スコットランドの風物を描写するだけでしたら、それこそ得意の速筆でなんなく完成させられたことでしょう。もちろん、大陸帰還後、彼は一流の音楽家として名声を馳せ、作曲に、ピアノに、指揮に、音楽教師にと、舞い込む仕事をすべて受け入れて高度なレベルでこなす多忙人だったこともあるでしょう。

この謎を解くことに正面から取り組んだ文献は残念ながら見当たりませんでしたが、ひとつの重大なヒントが、彼の書いた書簡の次の一節から垣間見れるように思います。

「・・私には民族の歌というものがありません。どんな悪魔もそれぞれの故国をもっているというのに・・」

ここからは推論ですが、ユダヤ人の出自であるメンデルスゾーンは、ドイツ社会で無意識にも差別の眼差しを受けていましたし(ナチスの時代では、メンデルスゾーンの曲は演奏を禁じられました)、スコットランド地方は、常にイングランドの配下で弱者として虐げられてきた歴史があります。この、「虐げられる者」としての、深い共感が、あの物悲しい出だしの旋律に込められていると考えます。そこでは、かつてはスコットランド王国の栄華を誇った宮殿が、今は廃墟となりはてている「諸行無常」が表層では歌われていますが、その深いところでは、民族(スコットランド人/ユダヤ人)の避け難い悲しい「運命」の叫びを繰り入れているように思います。いやしくも「運命」(しかも、民族の!!)を扱う交響曲は大抵重く、作曲に時間を要するものですからねえ(とくにマイノリティの主張をしのばせるとなると、より慎重にならざるを得ません)。こう考えると、第4楽章のコーダ後のイ長調のmaestosoの後奏は、冒頭の「運命」の主題の克服(長調化)ともみて取れ、民族(スコットランド人/ユダヤ人)の未来の幸をせめても音楽に託したともいえるかも知れません。

とはいえ、曲想は全般的に極端に重々しくならず、あくまでもスマートにさらりと描写然としたタッチはいかにもメンデルスゾーンらしいといえましょう。なお、初演は184233日、メンデルスゾーン自身の指揮、ライプツイヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団により行われました。

1楽章 Andante con moto - Allegro un poco agitato イ短調 序奏付きのソナタ形式

2楽章 Vivace non troppo へ長調 ソナタ形式

3楽章 Adagio イ長調 ソナタ形式

4楽章 Allegro vivacissimoイ短調- Allegro maestoso assai イ長調 ソナタ形式

獅子鷹

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