シューマン 交響曲第1番 「春」 変ロ長調Op.38
シューマンは、ロマン派音楽の巨頭ですが、音楽のみならず、その生涯そのものがロマンチックな「ファンタジーの世界」にいたような人でした。ロマン派(とくにドイツ・ロマン派)とは、音楽のみならず、建築・絵画・詩・散文等の芸術全体に起こった現象です。音楽以外は、18世紀末のベートーヴェンの頃には早くも全盛期でしたが、こと音楽に関しては、少し遅れて19世紀前半のシューマンを以って華やかな頂点に達したといえます。
ザクセン地方の成功した書店の子として生まれたシューマンは、生まれながらにして全盛期の詩や文学のロマン主義に熱っぽく親しんでいました。彼は、ロマン派特有の現実を超えた詩的な世界を詩や散文で表現できることを知っていましたが、それでも言語表現から来る限界が付きまといます。しかし、音楽は言語をも超越した無限の表現可能性のあることを悟っていました。どうやらシューマンが音楽にのめり込むのは必然だったようです。
シューマンは20歳で音楽で身をたてることを決意し、ライプツイヒに出て、将来の伴侶となるクララ(このとき11歳)の父ヴィークに入門しました。最初は彼とクララは兄妹のような間柄でしたが、次第に愛し合い、クララと結婚の約束をします。しかし父ヴィークは絶対反対で、あらゆる手段を講じて邪魔をします。そしてようやく結婚できたのは、10年後のことでした(考えようによっては、10年間苦労したことで、シューマン(およびクララ)のロマン主義的芸術に陰影がいっそう刻み込まれることになり、シューマンの作曲およびクララのピアノ演奏の質的深化に、父ヴィークは貢献したともいえます)。
難局を乗り越えてほっとしたのか、ようやく長い冬を越えて春がやってきたとばかりに、たった4日間でスケッチを完成させたのが、交響曲第1番「春」です(1941年)。
一説では、無名の詩人アドルフ・ベドガー(Adolf Bottger)の詩、
O wende, wende deinen Lauf (Oh turn back, turn back your run)
Im Tale bluht der Fruhling auf! (In the valley, the spring blooms!)
に霊感を得て、書いたとも言われています(特に後半はドイツ語の韻律と冒頭ファンファーレのリズムがだいたい一致します)。
初演は1941年3月31日メンデルスゾーンの指揮で、ライプツイヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団により行われました。シューマンはメンデルスゾーンに「春の憧れに似た気分を管弦楽で表現したかった。冒頭のトランペットは高いところから呼び起こされるように響き、それに続く序奏は、すべてが緑色をおびてきて、蝶々が飛ぶのを暗示する。次のアレグロは、すべてがしだいに春めいてくるのを示す・・」と述べ、「こうしたことは作曲後に思い浮かんだことだ」といっています。つまり、シューマンは、作曲中は、うきうきした春の情趣と一体化してペンが自然と動き、ふと気づくとその意味合いを後付で認識できたということなのですね。人が真に現実に没頭(~に「夢中」といいますね)しているとき、現実自体は意識化されません。後で、「なるほどそうだったのか」と再認ないし意識で回想できるのみです(「夢見」もそうですよね。目覚めてから回想するものですよね。)。ここに、ロマン派音楽の真髄があらわになっているといえましょう。
なお、各楽章には次のような表題が与えられていましたが、改訂の際に削除されています。
第1楽章 - Fruhlingsbeginn (Beginning of Spring)
第2楽章 - Abend (Evening)
第3楽章 - Frohe Gespielen (Merry Playmates)
第4楽章 - Voller Fruhlings (Full Spring)
シューマンの交響曲には、玉石が混交し、巧拙が入り混じっているといわれます。これは、形式を重んずる構成ではなく、形を持った心情の流露であるため、激情を含む情熱が常に構成を凌駕するためとも言われています。押さえ切れない無限のロマンを最小限の交響曲という形式でようやく演奏という現実に繋ぎ止めているともいえましょう。
獅子鷹
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