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2011年11月

 ブラームス 交響曲第4番ホ短調Op.98

フルトヴェングラーはブラームスを評して「非常に客観的な音楽家」といい、「音楽における客観とは、音楽と精神、精神と音楽が結び付いてひとつになった時に起こるのである」といっています。この偉大な指揮者は、 ブラームスの音楽は、彼の哲学そのものであると喝破したのです。ブラームスは同時代のワーグナーとは対照的に、オペラや標題音楽などストーリー的なものや表象的なものはまったくやらずに、いわゆる“絶対音楽”を掘り下げています。絶対音楽について、ある音楽のプロは次のようにいっています。「絶対音楽は、こんな気分で・・とか、作曲者の哲学を表現しているので、解釈は全面的に聴き手にゆだねられます」。というわけで、ブラームスを聴くときには、硬く言えば、いずまいを正して彼の哲学を理解し、やわらかく言えば、表出情緒を素直に予断なく味わうのがよろしいといえると思います。

では、 ブラームスの哲学や情緒とはどんなものなのでしょうか。

まず哲学ですが、この場合、音楽哲学ないし彼の人生の音楽への反映と言い換えてもいいと思います。ひとことでいえば“堅実・孤独にしかし自由に”に集約されるといっていいでしょう。 ブラームスは、ロマン派全盛の19世紀にあって、ひとり“新古典派”に身を置き、ベートーヴェンにならって“堅実”に古典派以前の音楽様式を貫きました。たとえば、この交響曲第4番(以下ブラ4)終楽章では、パッサカリア(短い主題を主として低音部で提示し、その反復の上に変奏を展開する。シャコンヌともいわれる)というバロックの時代に頂点に達した形式を用いていますし、第2楽章では、古めかしいフリギア調(ハ長調の音階を用いるが、主音はホ音のホ長調)を用いています。その意味で時代逆行的とさえ言えるほど“孤独”でした。

しかし、その音楽は古びているでしょうか。たしかに、当時の音楽潮流的には孤立しているようにも見えますが、今日われわれが“深いね~”とかいって魅了しつくされる理由は、その音楽様式の堅実さもさることながら、様式をも彼の“自由”の中に取り込んでしまうような表現力の全体性によってではないでしょうか。シューベルトやドヴォルザークがメロディ作曲家(いわば劇薬)とすれば、 ブラームスはメロディには乏しいかもしれませんが、計算された構成中に時折みせる間歇泉のようなロマン主義的なハッとするモティーフ(しかも渋い!!)を“自由”に織り成して、いわば漢方薬のようなジワりとしたあたたかみを感じさせるように思います。

次に、情緒面(こんな気分で・・)をみてみましょう。彼の情緒はひとことでいえば“悲観的・内省的にしかし情熱的に”でしょうか。情緒表現の第一人者といえばチャイコフスキーが最右翼ですが、どうしてどうして、 ブラームスも負けていません。しかも、悲観的なものを得意とすることにおいて、両者は共通していると思います。本日のブラ4についていえば、彼の最後の交響曲であり、いわば ブラームスの“悲愴”にあたり、情緒的にもいやでも死を予感させる“悲観的なもの”が重くのしかかっている点で共通しています。しかし、最大の違いは、チャイコフスキーのあのセンチメンタルともいえる感情吐露的な表出性に対し、 ブラームスは、あくまで“内省的”な慎み深さにあると思います。

それでいて、 ブラームスは先述の“哲学”で述べた“間歇泉のようなロマン主義的なハッとするモティーフ”などを駆使して時に激しいくらい“情熱的に”情緒を表現してみせます。この情緒表現レンジの意外ともいえる幅広さが彼の魅力ともいえましょう。なお、この2人は、共にイタリア滞在中の1888年に邂逅を果たしています。すでにブラ4を作曲済の ブラームスがチャイコフスキーに“悲愴”を書くコツを伝授したかどうかは、もちろん、定かではありませんが・・ひょっとして・・・。

ブラームスは生涯4つの交響曲を書きました。ある人は、4曲の調性を順番に並べると、C→D→F→Eとなり、これはモーツアルト/交響曲第41番“ジュピター”の最終楽章のフーガのテーマそのものであり、隠れモーツアルトファンのブラームスが最大限の敬意を表した、なんてまことしやかに言っています。

それはともかく、彼の交響曲が人生の季節を見事に反映していることは確かです。先人ベートーヴェンを苦闘の末乗り越えてものにした第1番(c-moll)は冬越えの“春”。余勢をかって一気に書いた第2番(D-dur)は“夏”真っ盛り。人生の最充実期の第3番(F-dur)は“秋”の収穫期。そして、第4番(e-moll)。“アラフィフ”の ブラームスには妻も子もいません。青年時代からの大親友であったヴァイオリン奏者ヨアヒムや密かに愛したクララ・シューマンとも疎遠となりました。また、親友の画家フォイエルバッハや音楽学者ノッテボームも相次いで他界しました。妻子もなく、友人もはなれ、ひとりいよいよ老境にさしかかろうとするブラームスの心中や如何に。このような状況でブラ4は生まれました。いうまでもなく、季節では“冬”。死を意識した諦観・孤独感・哀愁といった内面的な情緒に貫かれています。人は死を意識するといやでも過去のよき想い出などが回想されます。ふっと昔を懐かしむような一時ホッとするような情緒も随所に見られます。しかし、すぐに“ダメだし”が繰り出され、最後も“めでたし”とはいかず、「やはり、悲劇は悲劇であった」と、エンディングを迎えるのです。

悲劇が悲劇で終わったのではホントは救いようがないですよね。でも、われわれは、ある種の生きる力を得たかのような感動を覚えます。では、われわれは、何に感動するのでしょうか。先述の「絶対音楽の解釈は聴き手の自由である」との定義にしたがい、私見を述べさせていただきます。それは、つまり、悲劇が深く絶望的なほど、それの裏返しの情緒=希望・快楽・喜びなどがじつは無意識にも呼び起こされるからではないでしょうか。たとえば、ある人の全人生がオール悲劇であったならば、その人は悲劇が普通であり、悲劇が悲劇とも感じられないはずです(狼に育てられた少女は自分が人間と認識することなく死んだといわれています)。つまり、絶望を絶望と認識できるということは、希望を持てる状況を知っているから絶望するのであって、ある情緒は、その情緒の全体像(たとえば苦楽)を背景として認識されるものなのですね。ですから、ブラ4の悲劇性の深遠さ・巨大さを目の当たりにしたわれわれは、対極にある希望・快楽・喜びといった情緒も同時に呼び起こされ、ベートーヴェンが第9で表現したような、“苦楽を超越した絶対的な喜び”全体が観得されるからではないでしょうか。

なお、ブラ4は1884年から翌年にかけて書かれ、18851025日に ブラームスが自ら指揮して、マイニンゲン宮廷管弦楽団により初演されました(一説では、R.シュトラウスがトライアングルを担当したといわれています)。友人たちの様々な酷評があったにもかかわらず、ついに好評を得て今日に至り、 ブラームス最難関のシンフォニーとしてわれわれの前に立ちはだかりつづけています。

獅子鷹

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