ドヴォルザーク 交響曲第8番ト長調Op.88
「満ちあふれる楽想をただちに書き取ることができさえしたら。しかし、ゆっくりとしか進まない。手がついていけない・・・(作曲が)思いがけなくたやすく進んでおり、旋律が私の中から流れ出す」。第7交響曲を世に送り出して大成功を収めた後、ドヴォルザークは、1889年8月の友人宛てへの手紙で、作曲家人生における収穫期を迎えた心情を素直に吐露しています。
ドヴォルザークはふつうブラームスとともに標題音楽全盛の19世紀後半に、絶対音楽を守り通した音楽家として評価されています。しかしブラームスと異なり、オペラなども作曲しており、そのために晩年には師であったブラームスとの間が気まずいことにもなっています。純粋な“ブラームス学徒”たるべきドヴォルザークがなんで標題音楽を・・・。この理由は、作曲の出発点がワーグナーの影響であること、リストなど標題音楽の申し子である交響詩の影響を受けたこと、などが考えられますが、何よりボヘミアの自然や民族の誇りをベースとしたメロディ作曲家だったことが最大の理由でしょう。美しいメロディは、具体的な風景やストーリーを表象し、抽象的で小難しい絶対音楽に比べ、わかりやすく、親しみやすいのです。そして、冒頭のように、次からつぎへと泉のようにこんこんと湧いてくるメロディを交響曲第8番としてシンフォニー化するときがやってきました。
交響曲第8番は、1889年9月から11月にかけて、わずか2か月弱という驚異的なスピードで書き上げられました。前作の交響曲第7番(1885年)は、師であるブラームスに敬意を表して、ドイツ新古典派の形式を苦吟して守りましたが(絶対音楽的)、第8番は、ボヘミアの自然や民族へのあふれ出るような愛で満ちており、まるで、ベートーヴェンが“運命”の苦悩を克服してハイリゲンシュタットの“田園”に回帰したような純粋な自然や自分自身と戯れる喜びが見て取れます。しかも、息の長いフレージングや、リズミックなモチーフの連続等は具体的なイメージや絵画性(ボヘミアの大地、小鳥のさえずり、民族的舞踏、蒸気機関車の驀進・・)を彷彿させます。ですから、標題こそついていませんが、限りなく標題音楽的といえると思います。(なお、一時「イギリス」との標題がついていたが、これはイギリスからの依頼で作曲された関係で内容とは一切関係ないため、最近はこの標題が付されていない)
初演は、1890年2月にドヴォルザーク自身の指揮によりプラハで行われました。また、同年4月依頼元のイギリスに渡り、ロンドンのフィルハーモニー協会の演奏会で大喝采を受け、同年ケンブリッジ大学の名誉博士の称号を授与されたのでした。
第1楽章 Allegro con brio ト長調 4分の4拍子 自由なソナタ形式
第1主題は、メランコリックかつ憧憬的な息の長いト短調の序奏(チェロ、クラリネット、ファゴット、ホルン)と18小節からのト長調のフルートのさえずりからなる。第2主題はロ短調で木管に現れる。その後冒頭より控えめに序奏が出て展開部に入る。第1主題を中心に劇的に展開され、高揚後トランペットの強奏で序奏が回帰し再現部へ入る。さえずりは提示部と同じように木管に現れるがほとんど発展せずに第2主題部へ移行。コーダではテンションを維持したまま曲を閉じる。
第2楽章 Adagioハ短調 4分の2拍子 自由な三部形式
冒頭弦楽器により4度上行の音階的な主題が出ると、11小節からフルートが深山のカッコウを思わせるような動機を出し、クラリネットが受ける。中間部はハ長調に転じ、ヴァイオリンの下降音型に乗って4度動機を用いた優雅なメロディが美しい。ヴァイオリンのソロに注目。一旦頂点を築いたのち、弦の静寂が現れ、冒頭主題、カッコウが再現する。その後、4度動機を用いた展開的転調を繰り返しつつ高揚し、中間部を回想しつつ1つの頂点を経て静かに終わる。形式にとらわれず、複数の動機を用いて時間経過とともに展開していく手法は、交響詩的である。
第3楽章 Allegretto grazioso - Molto
vivace ト短調 8分の3拍子 三部形式
憂いを孕んだ情感に満ちた民族的舞曲風のワルツ。中間部はト長調に転じ、ボヘミアの田園を思わせるメロディを木管が出す。ト長調4拍子となる力強いコーダもまた同じ素材を元にしている。
第4楽章 Allegro ma non troppoト長調 4分の2拍子 自由な変奏曲またはロンド風形式
トランペットの祝祭のファンファーレのあと、チェロによって主題が提示される。何度か変奏されたのち、テュッティで力強く速く演奏される。ここではホルンの激しいトリルに注目。その後、フルートが新主題を軽やかに奏し、再テュッティの後、ト短調に転じて行進曲風の主題をクラリネットが出す。この、ドヴォルザークが愛した蒸気機関車が驀進するかのような激烈な進行を経て、189小節からは主要動機が再提示、展開後、ホルンとトランペットによる冒頭ファンファーレで頂点を築く。その後、チェロの主題が静かに再現。テュッティでの主題が再現後、さらに速度を速めて高揚し、ボヘミアの未来を祝福するかのように壮麗に締めくくる。
獅子鷹
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