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ワーグナー 歌劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第一幕への前奏曲

 ワーグナーはドイツ・ロマン派の巨星で、いわゆる“未来の総合芸術”という一種のユートピア的芸術形態を目指し、個々の芸術要素(音楽、文学、舞踊・・)はドラマ(=楽劇)という総合形態に統合されるべきとしてその実現に奔走した希代の音楽家です。要するに、まず、従来の歌劇は堕落した、器楽音楽はベートーヴェンの第9をもって使命を全うした、個々の交響曲は無価値だと否定し去ります。そして、すべての芸術は、“ドラマ”という目的に奉仕すべきだというのです。これは、大作「ニーベルングの指環」4部作の理論的根拠にもなり、同時代以降の音楽芸術に甚大な影響を与えました。(ドヴォルザークも ブラームスに会うまでは熱烈なワグネリアンで、プラハで上演されるワーグナー物は欠かさず観賞しています)

 とはいえ、この「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は、肩の力が抜けたというか、例外的にワーグナーほとんど唯一の大衆的な喜歌劇の部類に入るものです。初稿は、タンホイザー初演の1845年、完成は「指環」や「トリスタンとイゾルデ」などをはさみ約20年後の1867年。1868621日、ミュンヘン・バイエルン宮廷歌劇場でハンス・フォン・ビューローの指揮により初演されました。

 今回採り上げる第一幕への前奏曲は、劇中の主要動機が明確なかたちで要約されており、この歌劇全体の戯曲的構成が見事に織り成されています。

獅子鷹

 

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シベリウス 交響曲第1番ホ短調Op.39

シベリウスは1865128日にヘルシンキの北方約100kmのハメーンリンナに生まれ、9歳からピアノ、15歳からヴァイオリンを開始。1885年、ヘルシンキ音楽院で作曲などを学び始める。1889年、ベルリンに留学。さらに、ウィーン音楽院においてカール・ゴルトマルクに師事。そして故郷に帰り、母校で教鞭とるかたわら、作曲を本格的に開始します。

 

シベリウスは交響曲第1番を作曲する以前に、民族叙事詩「カレワラ」に基づき、独唱と合唱を伴うカンタータ風の「クレルヴォ交響曲」(1892年)を作曲していました。「クレルヴォ交響曲」から本作が作曲されるまでの間に器楽のみの「音楽的対話」という標題交響曲が計画されましたが放棄されています(一部のモティーフが交響曲第1番に盛り込まれ手います)。すでに交響詩の分野では愛国心の結晶ともいうべき「フィンランディア」を初め、「トゥオネラの白鳥」を含む「4つの伝説曲」など代表作となる傑作を残しています。さらに、本作に着手する(18984月)直前の18983月に彼はベルリンでベルリオーズの幻想交響曲を聴き、大きな感銘を受けています(劇的効果の影響があったかも)。そしてシベリウスは滞在先のベルリンで早速交響曲第1番の作曲に着手したのでした。完成は1899年初頭。なお、改訂を受け190071日に現行版がヘルシンキ・フィルハーモニーにて初演されています。

 

「シベリウスの想像力にとって、交響的形式はまったく妨げにならない。逆に彼はそこで驚くべき自由を発揮している。シベリウスの交響曲には、もはやフィンランド的要素を見出すことは困難である。なぜなら作曲者は彼独自の語法を用いつつも、全人類に通ずる普遍言語を語っているからだ」1899年の交響曲第1番の初演を聴いたリヒャルト・ファルテンはこう述べています。

お分かりでしょうか?“彼独自の語法”つまりは、フィンランドに根差したラプソディックな民族的要素を用いつつも、“語法の普遍性”つまりは、フィンランドを超越した普遍的なものを語っているというのです。いわば交響詩(標題音楽的)の要素を孕みながら、それを越えた絶対音楽的なものになっているというのです。

 シベリウスは「私の交響曲は、まったく文学の要素を持たない音楽表現である。・・音楽は言葉が語りえないところからはじまると信じている。私の交響曲の核心は純粋に音楽的なものである」といっており、あくまでも理想は純音楽/絶対音楽を目指したのでした。

 しかし、西洋音楽史における自身の位置や民族の置かれた社会状況は厳しいものでした。

 音楽史では、ベートーヴェン以来交響曲はすでに完成の域に達し、シベリウスの頃は後期ロマン派かつ国民楽派くらいしか生きる道はありません。しかも、近隣にはチャイコフスキーやボロディン等がいていやおうなしにロマン主義国民主義的な影響を受けざるを得ません。また、ロマン派全盛の時代にあっては、交響詩的なアプローチが迫られるのです。

 一方、社会状況的には、ロシアからの政治的圧力により、フィンランド国民としては、民族的アイデンティティを追求するしかなかったのでした。こうした現実から目をそらすことなく、しかし、理想とする絶対音楽をその上に打ち立てたのが、“交響詩的純器楽交響曲”交響曲第1番だったのです(パッションの激しさ等からシベリウスの“悲愴”といわれることがありますが、シベリウスは「チャイコフスキーとは異なり私の音楽は硬質である」と述べて明確に否定しています)。シベリウスの思いを知ったとき、この曲を涙なしには聴けません........。この曲および交響曲第2番の成功後、自身の理想を実現すべく、すべからく抽象的絶対音楽に邁進することになります。

 

曲はかなり交響詩風ではあるが、標題のない純器楽交響曲。第4楽章には「幻想風に」との指示まであるが、その一方で、第1楽章の序奏と第4楽章の序奏に同じ主題を用い、またどちらの楽章も最後はピツィカートで締めくくるなど独特な曲想統一の工夫がなされている。

・第1楽章 Andante, ma non troppo - Allegro energico

ホ短調、序奏付きソナタ形式。

・第2楽章 Andante (ma non troppo lento) - Un poco meno andante - Molto

  tranquillo

変ホ長調、三部形式。

・第3楽章 Scherzo. Allegro - Trio. Lento (ma non troppo)

ハ長調、三部形式。

・第4楽章 Finale(Quasi una Fantasia). Andante - Allegro molto - Andante assai - Allegro molto come prima - Andante (ma non troppo) 

   ホ短調、序奏付きソナタ形式。

                                                                                                             獅子鷹

  

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フィンランディアの普遍性とは

フィンランディアは交響曲第二番とならんで、シベリウスの代表作である。いうまでもなく、19世紀末以来の帝政ロシアの圧政からの独立を象徴するフィンランドの国民的楽曲であると同時に、独立後のスターリンなどによるソ連の露骨な圧迫時にもフィンランドの心の拠り所となってきた曲である。しかも、今日ではフィンランドはもとより、欧米、日本を始め世界で人気を得ており、当のロシアでさえ演奏されているのである。

私は中学生のときに初めてこの曲を聴いたが、なにやら底知れぬ怖さに圧倒され、中間部の旋律の美しさに圧倒され、最後の盛り上がりに圧倒されたことを覚えている。もちろん、作曲経緯や曲想の理解など知る由もない時分である。

それ以降、この曲がなんだか自分の一部であるような感覚がどこかにあり、演奏したり聴いたりするたびに不思議な感覚に襲われるのである。好きとか嫌いという感情を超えているのだ。これは一体何なのか。。演奏機会もなんだか私にいやにまとわりついている。最初は、中3のとき、ブラスバンドのコンクールの自由曲で。次は、大学に入学したての4月の大学オケ演奏会でいきなり前プロとしてホルンの1stを吹かされたとき。最近は所属オケの定演でのシベ2直後のアンコールで、等々。

この一見民族固有の曲が、世界的に愛される理由、また自分の一部であるかのように感じられる理由は何なのか。その答えが、昨日のNHK「アマデウス」シリーズのフィンランディアをヒントに一応得られた。

最大のヒントは他ならぬシベリウスの言ったといわれる以下の言葉である。

「作曲にピアノは要らない。静けさと自然があればいい」

武満徹も「作曲とは曲を作り出すのではなく、自然に存在する音をそのまま紡ぎだすだけだ」という趣旨のことをいっているが、これでピンときたのだ。

「アマデウス」での分析の概要は以下の通りである(一部私の追加・解釈補正あり)。

①アンダンテ・ソステヌート(嬰ハ短調):金管の主旋律でフィンランドの人々の「絶望」を表す。これを木管の「森」→弦の「大地」で受ける。

②アレグロ・モデラート:トランペットの弱起のファンファーレで「闘争」が始まる。

③アレグロ(変イ長調):闘争に打ち勝ち、「勝利」に向かう。

④中間部:コラール(フィンランド讃歌)

⑤再現部:③が発展的に再現され、圧倒的に幕を閉じる。

まさに、「絶望」→「闘争」→「勝利」と絵に描いたような筋書きである。ここまではいい。

次に、シベリウス自身が重きを置いた「自然」に着目した、普遍性の解釈を試みる。つまり、「フィンランドの」という限定を外した、内なる自然「こころ」のプロセスに置換してみたい。

①金管の主旋律で人々の根源的な「悪・苦」を表す。これを木管の「森」→弦の「大地」で受ける。つまり、序奏の短調のモチーフは、外なる自然である「森」や「大地」、内なる自然である「こころ」の実相を表象しているのだ。自然は内も外も穏やかとは限らない。思い通りにならないものなのだ。つまり、「悪」を抱え込んでいる。人には生きる限り「苦」はついて回るものなのだ。

②でも、やはり「悪・苦」はいやだ。トランペットの弱起のファンファーレで自己内の「悪・苦」との「闘争」が始まる。トランペットが「悪・苦」とたたかう己とすれば、これを否定する序奏の短調のモチーフや「シンコペーション」のモチーフ(悪の自然)が立ちはだかる。このせめぎ合いの果てに、

③5拍子相当のティンパニが静かに立ち上がり、力強く盛り上がって「悪・苦」に対する「勝利」の勝ち鬨を上げる。弱起5拍子というまだ不確かな歩みから確信の4拍子に向かうのである。しかし、繰り返し前のホルンの「シンコペーション」のモチーフでまだ「悪・苦」が不気味に遠吠えをするが、すぐさまトランペットのファンファーレで打ち消し、大きな長調の山を作って「悪・苦」を克服する。

④これまでに自然の根源的な「悪・苦」を克服したが、ここで、善悪とか苦楽とか闘争・克服といった2元的な対立を超えた境地に達する。木管による、序奏の短調のモチーフから転じた美しいメロディ(整えられた内なる自然・すなわち心である)は、さざなみのような弦のささやき(整えられた外の自然・大地である)に包まれて天上の歌を歌うのである(フィンランド讃歌)

⑤この境地に達すれば、ふとわれに返れば、現実は言祝ぐべきものとなる。すなわち、ベート-ベン同様「歓喜の歌」で終わることになる。この段階で以前執拗に立ちはだかった「シンコペーション」のモチーフから悪は消え去り、序奏の短調のモチーフから長調に転じたフィンランド讃歌の大合唱を支える、大地のモチーフへと再生して終わる。

こうして、フィンランディアは、ベートーベン第9と同様、こころの様相の弁証法的プロセスを見事に内包しているため、普遍性を得たといえると思う。

どおりで、自分の心の一部のような気がしたわけだなあ。もっとも、「私のフィンランディア」の終わりは遠い。。

獅子鷹

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無意識の音楽

週末に、所属するオーケストラで「オーケストラワークショップ」という催しがありました。これは地域の文化活性化への貢献を目指して、熊谷市近隣の小中学生のプレイヤーと所属オケのメンバーが一体となって協力し、短期間で(たった4回の練習!!)オケの名曲演奏に挑戦し、成果を発表するというもので、今回で5回目の試みで、着実に定着化しているようです。

今回のプログラムは以下の通りでした。

第一部

ワーグナー「ニュルンベルグのマイスタージンガー」より前奏曲

ビゼー「アルルの女」第一組曲より前奏曲、メヌエット 第二組曲よりファランドール

第二部

ドヴォルザーク「スラヴ舞曲第8番」

チャイコフスキー「白鳥の湖」より情景、終曲

「まだ大人の音楽には慣れていないが、純真でひたむきな小中学生」と「経験だけがたより?のよく言えば多士済々、悪く言えば烏合の衆?たるオケメン」のインテグレーションをする指揮者も大変といえば大変。おかげで、2回の振り間違いをする始末。。とはいえ、なんとか破綻なく、「本番だけに強い」伝統も生きていたみたいでした。(なんのこっちゃ)

「破綻なく終わった」といいましたが、じつはそう言い切れないところがあります。

というのも、ステリハで一つの「事件」がありました。「アルルの女」第2組曲の終曲「ファランドール」はご存知のように出だしこそは統一テーマが結構ゆったりと全奏されますが、途中からAllegro vivo e decicoの四分のニ拍子でppppのTambの刻みから始まってffffの大合奏にいたるまで、延々と熱狂が拡大していき、最後は「手の舞い足の踏むところを知らず」状態で終わるというもの。実はこの間にビゼーのアッチェルランド指示は一つもありません。。にもかかわらず、たいていの演奏は自然と前のめりになるのですね。これ、「無意識」で「自然」ですね。

事件は起きました。全奏がffffに達してまもなく、満を持して中学生の大太鼓の拍打ちが加わります。「ドン」「ドン」どんどん・・。思わず指揮者は演奏を止めます。明らかに従前より速いテンポで一人旅になってしまったのです。指揮者曰く「もしあなたが皆を困らせようとしてたたくならそれでもいいです。そうでなければ、きちんと意識してテンポを刻んで」

本番を前にした昼食時、指揮者と話しました。

私「あれは無意識になってしまうんでしょうね。」

指揮者「無意識はいいんだけど、まずは「意識的」にテンポを把握してからの無意識でないとね。」

そして本番。やはりスイッチが入ってしまったようです。ステリハ以上に速いテンポで、管楽器の刻みは空転しかけた。。崩壊か。。そこは年の功。「意識的」にさりげなくぎりぎりのところで崩壊を免れ、むしろ、狂喜乱舞の大熱演となった。。

たぶん、いろんな意味でいい経験になっただろうと思います。

獅子鷹

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龍安寺の石庭の意味とは?(その4)

「大海原」=「無機物=物質」

「15の石」=「有機物=生命体」

と構造化できないだろうか。ということだった。

これまで出てきた事項を簡単にまとめてみよう。

①「大海原」=「無機物=物質」   ⇔ 「さとり」「空」「存在」

      ↑                 ↑

        【相対立/矛盾する関係】

      ↓                 ↓

②「15の石」=「有機物=生命体」 ⇔ 「まよい」「煩悩」

②が、人間が通常おかれている事態である。なんの変哲もない。ところが、「人間とは何か」「存在とはなにか」「生きる意味は」と問い始めた人は、うまくいくと①の世界に到達する。すると、物質である脳・からだのはたらきとして生命現象/こころが、存在のただなかかからまよえる「存在者」が、矛盾を孕みながら現出してくることが分かってくる。②は①という実相があって初めて、現象できる「はたらき」なのである。ここまで納得できれば、あとは一直線。

「空即是色」である。

大手を振って、この娑婆世界を「主人公」として闊歩できるというものである。①の世界を体得したのであるから、堂々と②へ戻ってくればよい。この宇宙、銀河系内にあって生きていること自体がまさに「神秘」であり「奇跡」であることを石は語りかけているのである。怒涛の波、足許のコケの解体力に抗い、健気に生きたいものである。

「龍安寺の庭石が新しくなった。全面的に入れ替わったわけではない。きれいに洗われ、石の表面がはっきりとみえるようになった。洗ったのは、石が崩れはじめており、それを補修するためであった。思えば不思議なことだ。長い間、白砂に配された15石は同じように薄黒く、だれもが石一つひとつの表情など問うものはなかった。・・」(小学館ウイークリーブック 日本庭園をゆく 2 より)

いけない、いけない。石はエントロピー増大の法則にしたがい、崩れてしまう。石は同じように薄黒くなり、足もとの海原へ還元されてしまうではないか。日々石(自分の命)を磨こう。さとりの世界にとどまっていてはいけない。もうすべての真実が明らかになったのだ。なにも迷うことはない。命のかぎり、生命力を躍動させよう。進んで迷おう。

「水月の道場に坐し(色即是空)、空華の万行を修す(空即是色)」

人生に意味がないなど、断じて、ない。

獅子鷹

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龍安寺の石庭の意味とは?(その3)

この地球上で「一生懸命生きる」ことは「煩悩であり、幻想なので」意味はないと言い切る人も有名な仏教学者などにもいる。「人生はもともと意味などないのだ」と。

ほんとうに、そうなのだろうか。

「物質(マテリアル)」は、実に多様な意味を含む概念である。マクロでは「もの」「自然」「宇宙」「森羅万象」などと言い換えることもできる。ミクロでは、「素粒子の離散集合」とでもいうのだろうか。一般的には、「熱力学第二法則」にしたがい、閉じた系であれば系内の物質のエントロピー(乱雑さ)は増大する。すなわち、形あるものは崩壊し、濃度の差異があれば最終的には混ざり合い均一化する方向に物事は進行する。(宇宙は閉じた系か?膨張しつづけるか、いずれ収縮に転ずるか?といった議論は措く)

ところが、わが地球には「生命体」なるものが存在する。人を含む動物・植物・微生物・ウイルスなど有機物である「生命体」は何の因果か、エントロピー増大に抗い、DNAを持ち、DNAによる自己複製・動的平衡によりエントロピーが平衡を保つように振舞うという。ところが、生命体もからだという「物質」を有するのだから、自己崩壊という矛盾を内包しつつ生命を維持していることになる。生命体は日々・刹那に細胞レベルで新陳代謝を繰り返しながら老化をたどり、やがて個体としては死を迎えるが、DNAにより種は再生されるのである。

このことは、有機物である「生命体」と無機物である物質が対立関係にあるということができないだろうか。これは、何を意味するのだろうか。

ここで、石庭にもどる。

上述は、

「大海原」=「無機物=物質」

「15の石」=「有機物=生命体」


と構造化できないだろうか。 (つづく)

獅子鷹

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龍安寺の石庭の意味とは?(その2)

さて、龍安寺の石庭の意味を「思索」してみよう。


そもそもこの枯山水の石庭は、高度に抽象的な表現だ。ベースとなる砂紋は大海原をあらわし、整然と平行に描かれる。これが15個の石組に近づくと、微妙な波紋となり、石の島に打ち寄せるかのようである。石の島は海中に没しないよういわば「我」を主張しているのだが、「自然」「宇宙」の象徴である、大海はそんなことお構いなしに、波頭を浴びせ、自身の「存在」に引きずり込もうとする。それだけではない。今にも海中に没せんとしている海面すれすれの2個の石を除き、石組みの周りには、どれも苔が取り囲んでいる。苔は、それが取り付いた対象を解体しようとするはたらきがある。すなわち、石がどんなに「我」を主張しようと、そんなものは幻想であるといいたいのであろうか。


石を人の「煩悩」と置き換え、大海を「空性」とか「さとり」とかに置き換えるとわかりやすい。前者はわれわれが日常で「自己主張」したりして人を傷つけたり、傷ついたりしている現実や現象世界であり、因果にまみれた「色(しき)」の世界。後者は、「現実は幻想である」と気づくと即その場に広がる「空」の世界、というわけである。まずは、「現実は幻想」と気づけ!

「色即是空」

ふむふむ、これだけなら、出家しなくても、坐禅や禅問答で厳しい修行せずとも、千日回峰行などせずとも、「思索」の上なら悟った気にもなってくる。(ほんとうか?)


「おれはしかし遂に無数の

石の群がりに遮られてゐた

石はみな怒り輝いてゐた

石はみな静まり返ってゐた

石はみな叫び立とうとしてゐた

ああ 石はみな天上に還らうとしてゐた」(室生犀星)


室生犀星の龍安寺の石庭を前にして詠んだこのこころの叫びにも似た詩。私の解釈では、最後の行の「ああ」の感嘆詞が「さとり」への跳躍をあらわしていると思う。真実に触れた詩・芸術は美しい。。


でも、本当に石は天上に還ってしまって、それだけでいいのだろうか。その瞬間にも石は一生懸命生き続けているのではないのか。  (つづく)


獅子鷹

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龍安寺の石庭の意味とは?

京都龍安寺といえば石庭である。ユネスコの世界遺産にも登録され、海外にも禅庭園として名高い。京都観光の定番でもあるこの石庭は、だれでも一度は行ったことがあるのではないだろうか。私も中学、高校の修学旅行で2度訪れたことがあるが、禅やら枯山水やらの本当の意味がまるでわからず、ふーんこんなものかといった程度の印象であった。

その後、一度も行ったことはない。しかし、禅の意味やらがようやく分かりかけてきたこのごろ、また行ってみたいという気もするし、いや、行く必要はないような気もする。ここの心境がまたややこしいところだが。

東西25メートル、南北10メートル。三方を築地塀にかこまれ、一面の白砂に異形の石15個が無造作に?配置してあるだけである。この天下の名園は、古今の研究家が様々な解釈を試みている。曰く「中国の故事、虎の子渡しの表現である」、曰く「どこから見ても1つは隠れるようになっている。残りは心眼でみよ」「どこから見ても同じ景色は一つとしてない。だから人間は真実をみることはできないのだ」等々。。方丈の縁側に腰掛けると、一目で石庭全体が視覚に入る。いわば小宇宙とみたてて自己を没入させるというわけである。

「しかし、案内表示に逆らうわけではないが、龍安寺は参道左に広がる「鏡容池」から巡りたい。寺の歴史の経緯をこの池庭から振りかえるのと目当ての「石庭」に思索の時間をたっぷり残しておく意味でも・・・・。」(小学館ウイークリーブック 日本庭園をゆく 2 より)

縁側に腰掛け、たっぷり「思索」するのもよい。そもそもこの枯山水の石庭は、高度に抽象的な表現だ。ベースとなる砂紋は大海原をあらわし、整然と平行に描かれる。これが15個の石組に近づくと、微妙な波紋となり、石の島に打ち寄せるかのようである。

これは、なにを意味するのか。「思索」してみよう。(つづく)

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